なぜ、いま古代史を学ぶのか

高松塚古墳の遠景画像 古代史入門


本記事は、「飛鳥時代に学ぶ日本の原点」シリーズの序章にあたります。

■ はじめに ― 人生の後半に訪れる“静かな問い”

50代を過ぎ、忙しい日々の中でふと立ち止まったとき、
「自分はどこから来て、どこへ向かっているのか」
そんな問いが胸に浮かぶ瞬間はありませんか。

古代史を学ぶことは、その問いに静かに向き合う
“心の旅”でもあります。

朝焼けの中の石舞台古墳の写真
朝焼けの中の石舞台古墳(いしぶたいこふん)
古代史観光で有名な飛鳥地方。飛鳥の代名詞である石舞台古墳は、蘇我馬子(そがのうまこ)の墓とする説が有力

はじめまして。
古代史案内人の八田野(やたの)からすです。

あなたは、どんな理由で古代史に興味を持ちましたか?

  • 昔からなんとなく好きだった
  • 旅行の前に少し知識をつけたい
  • 教養を深めたい
  • 理由はわからないが、なぜか惹かれる

どれも、素晴らしい入口です。

私自身、学生時代は歴史が得意ではなく、
中学・高校では、年号を覚えるのが苦痛で仕方ありませんでした。

それでも、子どもの頃から「遺跡を発掘したい」という思いが強く、
大学では考古学を専攻。
土に触れながら古代を探る学生時代を過ごしました。

土の中から千年以上前の人々の営みが姿を現す瞬間――
あの感動はいまも私の原点です。

気づけば、遺跡の発掘や整備に三十年以上携わっていました。
そして50代半ばを迎えたとき、私はもう一度
“古代史の学び直し” を始めることにしました。

その中で気づいたのは、
古代史は知識を増やすためだけでなく、
「自分を見つめ直す学び」にもなるということでした。


■ 飛鳥時代 ― 日本という国の“始まりの物語”

私が特に心惹かれるのが、飛鳥時代です。

推古天皇元年(593)から平城京遷都(710)までの約120年間、
奈良盆地南部の飛鳥には都が置かれ、
政治・文化・外交の中心として大きく発展しました。

国史跡の飛鳥宮跡の石敷き広場の写真
国史跡の飛鳥宮跡(あすかきゅうせき)
岡本宮(舒明天皇)、板蓋(いたぶき)宮(皇極天皇)、後岡本宮(斉明天皇)、浄御原(きよみはら)宮(天武・持統天皇)の歴代天皇のみやが同じ場所で建て替えられている。飛鳥時代の政治の中心の象徴的な史跡である。

この時代はまさに――

倭(わ)が「日本」へと生まれ変わる転換点。

大王と地方豪族の共同体のような国家だった倭国が、
天皇を中心とする中央集権国家へと変わっていく。
その変革を進めたのが、

  • 蘇我馬子
  • 推古天皇
  • 聖徳太子
  • 中大兄皇子(のちの天智天皇)
  • 天武天皇・持統天皇

といった人物たちです。

東アジア情勢に対応すべく、宗教や思想、技術などの文化を積極的に取り入れ、
そこから新しい「日本」の姿が形づくられていきました。

大宝元年(701)に 大宝律令(法律) が制定され、
天皇を中心とする「律令国家」が成立します。

つまり飛鳥時代は、
日本という国が誕生した “始まりの物語” なのです。

■ 古代史の魅力 ― それは“古代ロマン”の世界

古代史の最大の魅力は、やはり 古代ロマン にあります。

飛鳥には東アジア世界から

  • 仏教
  • 漢字
  • 法制度・官僚制
  • 寺院建築技術

がもたらされ、そこから日本文化の基盤が築かれました。

ただし、1400年前の人々は、それらを
そのまま受け入れたのではありません。

暮らしに合うように工夫し、
“創造的に吸収する” ことで日本独自の文化が形づくられました。

文化の変容は「古墳のかたち」にまで現れます

300年近く続いた前方後円墳は、7世紀に入ると全国で造られなくなり、
小型の円墳・方墳へと一斉に移行。
さらに、古墳の数も大きく減少します。

専門的にはこうした古墳を
「終末期古墳(しゅうまつきこふん)」
と呼びます。

終末期古墳の代表的な存在である高松塚古墳(たかまつづかこふん)
唐風の衣装に身を包んだ貴婦人と四神の壁画で有名。7世紀末に造られた直径約23m、高さ5mの二段築成の円墳。
今回のアイキャッチ画像で使用。

こうした潮流は、645年の「乙巳(いっし)の変」と
それに続く 大化の改新 によって加速し、
豪族社会に大きな変化をもたらします。

地域の豪族は“支配者”から、中央政権よる地方統治を担う役所の”役人”へと立場を変えました。
このような社会変化の象徴として、
寺院や役所が建てられる地域が徐々に増えていったのです。

政治・宗教・社会制度――
飛鳥時代の大きな変化は、遺跡にもはっきりと刻まれているのです。

もしあなたの住む地域に飛鳥時代の遺跡があるなら、
ぜひ訪ねてみてください。

静かにたたずむ遺跡が、
当時の人々の息づかいを今に伝えてくれるはずです。

「日本文化のルーツは、ここにも息づいている」
そう感じた瞬間、古代史はぐっと身近になります。

■ 古代史を学ぶことで育つ “5つの考える力”

遺跡や文化の源流に触れるのは古代史の最大の魅力です。

しかし、学びを進めていくと、古代史にはさらに重要な価値があることに気づきます。

それは――

「なぜ、そうなったのか?」と考える力が磨かれること。

古代の出来事を、国内情勢や東アジアの動きと結びつけて読むことで、
次の 5つの思考力 が育ちます。

① 俯瞰スキル(構造的思考力)
出来事を点ではなく、流れ・構造・因果関係 として理解する力。

② 批判的思考(クリティカルシンキング)
史料の背景や意図を読み解き、情報の真偽を見極める力。

③ 多様な価値観の理解力
現代の価値観を押しつけず、当時の社会の論理を想像する力。

④ 未来への洞察力
歴史のパターンを知ることで、自分や社会の未来像を考える力。

⑤ アナロジー思考(類推力)
過去の出来事から本質を抽出し、現代の課題へ“応用して考える”力。

古代史の学びで育む5つの力
こうした視点で物事を分析する力を養うことで、後半の人生がより豊かになる

50代以降の学び直しは決して遅くありません。
むしろ、人生経験があるからこそ、
古代史は深く響く学びになります。

■ 50代からの“第3の学び”としての古代史

古代史を学び直す中で私は、人生には 3つの学び があることに気づきました。

  • 第1の学び … 学校で身につける知識
  • 第2の学び … 社会で身につくスキル
  • 第3の学び … 自分の人生を豊かにする学び

50代からの古代史は、この 第3の学び に当たります。

評価のためでも、資格のためでもない。
ただ、自分の心が求めるから学ぶ。

だからこそ、深く心に響くのです。

私はこの“第3の学び”を、
ブログの象徴である 八咫烏(やたがらす)
「三本目の足」 に重ねています。

古代史ノートのシンボル八咫烏のマーク

古代の物語に触れるとき、
あなたの“第三の足”が
新たな学びの一歩を照らし出すかもしれません。

■ 古代史ノートが目指す3つの学びの道

『古代史ノート』では、次の3つの学びを提供します。

◼︎古代史入門(本シリーズ)
 飛鳥時代を中心に、日本の原点をたどるシリーズ。

◼︎古代史研究入門(公開予定)
 史料の読み方や学び方をやさしく解説。

◼︎デジタルノート(公開予定)
 スマホやPCを使い、調べる・まとめる・発信する方法を紹介。

この3つの道を行き来しながら、
あなた自身の“学びのノート”を育てていく場所を目指しています。

■ 「飛鳥時代に学ぶ日本の原点」シリーズについて

古代史入門の基幹シリーズとして、
倭国が「日本」へと成長していく物語を
次の 8つのテーマでたどります。

  1. 蘇我氏の台頭
  2. 推古天皇と聖徳太子の政治
  3. 舒明・皇極天皇の政治
  4. 中大兄皇子と大化の改新
  5. 白村江の戦い
  6. 壬申の乱
  7. 天武・持統天皇の政治
  8. 文武天皇と律令国家の誕生

単に歴史を追うだけではなく、

古代に学び、いまを見つめ、これからを生きる

という視点から、エッセイ的な要素も織り交ぜていきます。

■ 終わりに ― 過去を学び、いまを生きる

古代史を学ぶことは、
過去を知るためだけの営みではありません。

それは、過去の中に
「いまを生きるヒント」を探す旅。

日本という国の原点を知ることは、
同時に 「自分の原点」を見つめ直すこと にもつながります。

私は専門家ではなく、
古代史をもう一度学び直している途中の学び手です。
だからこそ、あなたと同じ目線で、同じ歩幅で、
この旅をご一緒したいと思っています。

『古代史ノート』という名前には、

古代史を学びながら、あなた自身の気づきや想いを
ノートに書きとめるように、ゆっくり、楽しく学んでほしい。

そんな願いを込めています。

それでは、次の記事でまたお会いしましょう。

参考文献

本記事の執筆にあたって、参考にした書籍をご紹介します。
あなたの学習のお役に立てれば幸いです。

熊谷公男 『大王から天皇へ』日本の歴史第3巻)講談社 2001年
※現在は、講談社学術文庫として販売

吉村武彦ほか『前方後円墳』(シリーズ古代史を開く)岩波書店 2019年

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