古代に学び、いまを見つめ、これからを生きる。
― 八田野(やたの)からす
■ はじめに ― 第3の学びとしての古代史
人が生涯の中で得る学びには、三つの段階があると私は考えています。
ひとつ目は、学校での学び。
知識を身につけ、社会に出る準備をする 「第1の学び」。
ふたつ目は、社会での学び。
仕事や家庭、人間関係などから“生き抜く力”を養う 「第2の学び」。
そして、人生の後半に訪れる三つ目――
誰かの評価のためではなく、ただ純粋に知の喜びを味わい、新しい自分に出会うための 「第3の学び」。
『古代史ノート』は、この 第3の学びを育てる場所 として立ち上げました。
■ 古代史を学ぶことは、いまを生きることにつながる
古代史を学ぶことは、過去を知るためだけの営みではありません。
古代の日本が誕生した激動の時代を生きた人々は、何を恐れ、何を願い、何を選んだのか?
そこには、私たちの好奇心を掻き立てる 古代ロマン が眠っています。
そして同時に、現代を生きる私たちの心に響く「いまを見つめるヒント」 が息づいています。
古代史の学びは、好奇心という“活力”になると同時に、自分自身の思考を磨く 知的トレーニング でもあります。
古代史の学びで育まれる5つの思考スキル
- 俯瞰して物事を見る力
- 情報の真偽を読み解く力(批判的思考)
- 多様な価値観に触れ、受け入れる寛容さ
- 過去から未来を想像し、道筋を描く洞察力
- 現代の課題へ応用して考える類推力。
古代史は、50代からの人生にこそ必要な
“活力”と“知のスキル”を与えてくれる学びです。
■ 子どもの頃に芽生えた“古代への憧れ”
子どもの頃、新聞やテレビで流れる発掘調査のニュースに心がワクワクしたことを今でも覚えています。
土の中から現れる建物跡や土器のかけら――
それが1000年以上も昔の人々の営みとつながっていると知った瞬間、「いつか自分も発掘の現場に立ちたい」そんな強い憧れが芽生えました。
中学・高校では暗記中心の授業が苦手でしたが、“本物に触れたい”という思いだけは心の底に残り続けました。
大学では憧だった考古学を専攻。
休みのたびに発掘現場に立ち、古代の暮らしを手探りで追いかける日々。
子どもの頃に抱いた“歴史ロマン”と、実際の研究の厳しさとの間には大きなギャップもありました。
それでも、土の中から古代の痕跡がふと姿を現すあの瞬間だけは、いつも変わらず心を揺さぶります。
その体験こそが、いまも私の原点であり、人生の活力になっています。
気がつけば、遺跡の発掘や整備に長年携わってきました。
■ 50代で迎えた「もう一度、学ぶ」という選択
仕事や家庭がひと段落し、ふと人生を見つめ直す時間が生まれる――
そんな年代を迎えたとき、私は思いました。
「もう一度、古代史を最初から学びたい」
今なら、若い頃には見えなかった景色が見える。人生経験と古代史が深く結びつく感覚が生まれる。
その気づきが、私を“再出発の学び”へと導きました。
『古代史ノート』は、その歩みを記録する場所であり、私は同じ道を歩むあなたの 案内人 です。
■ デジタルツールは、知の旅の相棒
Mac歴30年、iPad歴14年、iPhone歴15年。
発掘現場でも日常の学びでも、私のそばには常に Apple 製品がありました。
調べ、記録し、整理し、発信する――
デジタルツールは、現代の学びを支える「もうひとつの相棒」 だと感じています。
『古代史ノート』では、知的探究を深めるための調べる・記録する・まとめる・発信する
デジタルツールの活用方法をやさしく紹介していきます(予定)。
■ 「八田野からす」という名前に込めた想い
名前の由来は、日本神話の「八咫烏(やたがらす)」です。
神武天皇を導いたとされる“導きの象徴”。
そして八咫烏には、三本の脚があると言われています。
私はその三本の脚を、三つの学びになぞらえています。
- 第1の学び(学校)
- 第2の学び(社会)
- 第3の学び(自分の人生を豊にする学び)

ブログ名『古代史ノート』には、「自分の学びをノートに書きとめるように、ゆっくり、楽しく、自由に学んでほしい」という願いを込めました。
■ 八田野からすの理念
私は専門家ではなく、あなたと同じ “第3の学びを歩む旅人” です。
だからこそ、難しいことを難しいままにせず、やさしく、深く、そして少し楽しく。
古代史という旅路を、あなたが自分のペースで歩めるように、そっと灯りをともす案内人でありたいと思っています。
■ 管理人情報
八田野からす(古代史ノート管理人)
・大学で考古学を専攻
・遺跡の発掘・整備に長年携わる
・50代から古代史を“第3の学び”として再学習
・Mac、iPad、iPhone を活かしたデジタル学習を発信
・筆名は「八咫烏」に由来し、学びの導きを象徴